22日





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 母と叔母が来たことで、私はまた一から彼の不在を悲しみはじめた。環境が新しくなるたびに、こうして一から彼の不在を悲しまなければならないのだろうか。その夜、私は母たちのいる部屋を出て自分の部屋に戻り、ドアは閉めずにおいた。仕事をしようと机に向かったが、何もせずにただ窓の外を眺めた。まだ宵の口だったが、あまりに疲れて仕事にならず、眠ることすらできなかった。私は仕事を脇にどけ、ジグソーパズルをやりはじめた。一時間が過ぎた。あたたかな夜で、開け放った窓から、また花と杉の香りが入ってきた。匂いに混じって向かいの家でやっているパーティの音も流れてきた。大きな笑い声、ピアノの音、車のドアが閉まる音。母と叔母が廊下でひそひそと何か話すのが聞こえた。私のことを心配しているのだろう。やがて薄物のローブをはおった私の母が特使めいた雰囲気を漂わせて入ってきて、遠慮がちに、あいまいに私の机の端に触れ、何か交流したそうな様子を見せた。私は何も交流したくなかったし、何も聞きたくなかったので黙っていると、母はあきらめて行ってしまった。
 二人に気づかわれたことが情けなく、パズルを続ける気も失せてしまった。私はドアの外に出て、家を背に歩きだした。表向きの目的はキャットフードを買うことだった。家の猫はお腹がはちきれそうに膨らんで、いつ仔を産んでもおかしくない状態だった。まだ若い猫なので心配だった。私は煙草を吸いながら店まで歩き、キャットフードと煙草を買い、もう一本火をつけてから店を出た。ぶらぶらと道を歩き、そのままスーパーの駐車場まで行った。数えきれないくらい何度もそうしてきたので、もはやそれはただの癖のようになっていた。彼や彼の車と遭遇しようと思ったら、路上がいちばん確率が高かった。それに、暗い夜道は別の暗い夜道の記憶につながっていて、呼吸も思考も楽になる気がしたし、希望ももてた。家から遠く離れても、よその家の庭々の花が強く香った。老人たちが夜道を行き来していた。駐車場には車がたくさん停まっていたが、彼の車はなかった。ここには何度も来たが、彼の車を見かけたことはついに一度もなかった。
 私は丘の急な坂道をふたたび上がりはじめた。スーパーの明かりが尽きた木立の下、闇のいっそう濃いあたりに、大きな茶色のスーパーの紙袋を抱きかかえた腰の曲がった老人が一人、身じろぎもせず佇んでいた。私が通りかかると、老人は非常にかしこまった礼儀正しい口調で、何かあったのだろうか、教会とスーパーの駐車場に車がたくさん停まっているようだが、と訊ねた。頭の中で二つのことを結びつけるのにしばらく時間がかかったが、やがて気がついて、一本向こうの筋の家で若い人が大規模なパーティを開いているようだ、と教えてあげた。老人はひとこと「どうもありがとう」と言い、背を向けて丘の上をめざして歩きだし、私も自分の家をめざして、もっと細くて暗い道に入った。自分の中から出て老人と相対し、また自分の中に戻ってみると、いつの間にか暗鬱な気分があらかた消えていた。老人がそれを丘の上まで持っていってくれたかのようだった。彼の堂々とした物腰や単純明快な問いかけ、それに対する私の答え、そうしたもので何かが変わったようだった。
 (リディア・デイヴィス 『話の終わり』 岸本佐知子訳)