21日


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 放課後、「お前、あの女が好きだろう」と取り囲み、みんなで詰め寄ったことがある。「いや、おれはあんなブスは好きじゃない」「お前、あいつのことブスとかいう権利あるのかよ」「いや、おれにはない」なんて押し問答しているけれど、そいつ、完全に「仮面ライダー」の藤岡弘のしゃべり方になっている。で、ずっと同じ調子で「あんな女は好きじゃない」「え、そんなこという権利あんのかよ」「そんなことはない」「じゃ、お前、責任とってお詫びにあいつと結婚しろ」。
 いくら中学生でもレベル低すぎの問答を一時間続けたあげく、突然そいつがブチ切れ、顔を真っ赤にして、スペシウム光線のポーズで「死ね、怪獣ども!」と叫びながら、いきなり襲いかかってきた。
 キレたらロボコンパンチのような凶暴さで追っかけてくるから、すごく怖い。僕はこの辺でキャッキャ参加したのだけれど、本当に凶暴化して手がつけられない。ギャーとかいってみんな逃げてたら、学校の外まで追いかけてくる。突然ぱっと立ちどまって「もう怒っていないよ」という。「本当に?」と近寄ると、また顔を真っ赤にして襲いかかってくる。
 完全にイカれてた。ゲラゲラ笑いながら逃げていたのだけれど、泣きながら口ずさんでいるテーマ曲が例の「太陽にほえろ!」。泣きながら例のテーマ曲を口ずさむというバカバカしさに笑って笑って、苦しくて死にそうなのに、後ろを見ると両手の指を二丁拳銃の形にして走ってくる。もうたまらない。
 しかし受験の時期になると、もう相手にしていられなくなる。学校中で一人いじめられている頃が、やつの黄金期だったのだ。こっちが飽きても、気を引くために、やたらとオナニーをする。僕でさえ最後の方は相手にしていなかったから、本当に深刻。修学旅行で、みんな歩いて疲れきり、奈良の旅館まで着いた時、「おい、見ろ」と声がするから振り返ったら、オナニーをしているけれど、もういいよ、という感じで無視。ひどい話だった。
 (中原昌也 『死んでも何も残さない』)