30日



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 もう一つ、経済発展の思想のなかには、ある種の豊かさのイメージが組み込まれていると思います。豊かさにはさまざまな側面がありますが、資本主義の経済システムはこの一種類の豊かさへの憧れが中心になっていると思います。それを理解するために、日本語の「金持ち」でもいいし、英語のrichでもいいのですが、そういう豊かさとは何なのか、その構造を分析してみたい。
 『オックスフォード英語辞典』で知ったことですが、richというのはラテン語のrex、つまり「国王」からきた言葉です。だからrichのもともとの意味は経済的な力ではなく、権力なのです。国王が持っているようなpower 力がリッチのもとの意味だった。
 考えてみれば分かりやすいことなのですが、国王の力の特徴は、国王以外の人が彼の持つ力を持っていないという前提があるということです。ある人が立ち上がって「わたしが国王です」と言って、周りの人が全部「私も国王です」と言い出したら、国王の力はない。それではただの言葉遊びになってしまう。臣民がいないと、国王には力がない。国王が命令し、臣民が動く、それがないと、国王には力がない。彼のpower 力は他の人の「powerless 力のなさ」が前提になっているわけです。
 それがリッチのもとの意味で、数百年経ってそれが経済的な意味になった。つまり、お金から生まれる力、言い換えれば経済力がrichの意味になったわけです。なぜお金を持っていると力になるかというと、それは他の人がお金を持っていないからです。他の人が持っていなくても、誰もお金を欲しいと思わなければ、お金を持っているということは全然力にならない。つまり、お金を持っていないが欲しいと思っているたくさんの人間がいるということが、rich 金持ちの前提になっているのです。だからお金があると、お金のない人を支配できる。直接人を雇うか、あるいは低賃金労働によって作られた物を安く買うか、どちらでも同じことです。他人の労働力を支配できるということが、rich 金持ちの本質です。
 自分がrich 金持ちになろうとすれば、原則として二つの方法があります。一つは自分がお金を集める、もう一つは周りの人たちを貧乏にする。どちらでも結果は同じです。rich 金持ちというのは、一種の社会的な関係、人と人との関係を指す言葉なのです。社会のすべての人たちが同時に以前よりお金を持つようになっても、社会は豊かにはならない。経済用語でいうと、それは単なるインフレーションです。ただ物の値段が上がるだけで、誰も裕福にはならない。
 もちろん念のために繰り返しますが、私はそれが唯一の豊かさだとは思いません。人間が共有できるような、一緒に、ともに生きるような豊かさがあると思います。けれども、この世界経済システムのなかのrich 豊かさ、経済発展によっていつか追いつくと考えられているような状態、ハリウッド映画に描かれているアメリカの金持ちの生活とかヨーロッパや日本の豊かな生活イメージは、そういう豊かさではありません。それは相対的な豊かさ、どこかに低賃金労働者がいる、お金が欲しい人間がたくさんいるという前提にたった豊かさであって、みんなが、世界中の人たちが揃って金持ちになるわけにはいかないのです。
 (C.ダグラス・ラミス著 『経済成長がなければ私たちは豊かになれないのだろうか』)