11日





 一昨年の10月の日記。
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 僕だけが 君がこの世で最高の女性だと知っている/君はどんなことでも この世の誰よりも上手にやりとげる/例えばスペンサーに対する接し方/君の頭の中にあるすべての思い/そして君が口にする言葉はいつでも真摯で善意にあふれてる/なのに大抵の人間はそれを見逃している/テーブルに料理を運んでいる君が世界最高の女だってことを/それに気づいてるのは僕だけ/それが誇らしい
(映画「恋愛小説家」のラストシーンの台詞)

 かなり前の映画を観たけど、最後に心を打たれる言葉が字幕で出た。このシーンまでは、映画はハッピーエンディングに向かって凡庸に流れる。「君が口にする言葉はいつでも真摯で善意にあふれてる」が感動的だった。この言葉でそれまでの時間が止まり、一瞬で人々とすべての細部を肯定する。もとの台詞では、
In every single thought you have and how you say what you mean
and how you almost always mean something...
that's all about being straight and good.
 つまり、もとの台詞でもとても魅力的な言葉なんだと思った。

 こんなにはっきりと言葉で表現できることなんて、日常生活ではもちろん、映画や小説でも滅多に無いことだと思うけど、これこそ恋愛というか、人と人が関係するときの核なんじゃないか。自分以外の人の善意をそれが善意であると認め、それを好きだと言うこと。

 それで、偽日記@はてなに書かれた最近の日記で気になった言葉を思い出した。

  必要なのは、(突っ込まれる隙のないような)「立派な人」や
  「立派な考え」ではなく、たんに「良い考え」であり、
  「良いもの」であろう。(10月14日 偽日記@はてな

 最近ECDの小説とか、チェーホフの新しい岩波文庫とか読んでて、本当に力強いものは、良い考え、良いものであるという気持ちがよく分かる。前提はもちろんある。これは本当に前提で、「あなたの善意は、私の善意とは違うもの」ということだ。いつまでも前提のまわりをウロウロしているのは、芸術とは言えないんじゃないか。
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 読んだ本の内容をどんどん忘れていくし、自分が書いた言葉も忘れていく。言葉を言葉として頭のなかに保存することはとても難しい。ほとんど無理。だから、大切な一字一句を身体に刻むように記憶する、大江健三郎みたいなやり方はすごいと思う。でも言葉を捨てるというやり方もある。どんどん書いていく、どんどん読んでいく。そして一切を忘れることを怖れない。自分の書いた言葉を他人が書いた言葉のように読み返す。実際それは、他人の書いた言葉を書き写した言葉だ。そうしているうちに人生の時間は終わっていくように思う。