23日/24日




  ある昼さがりのこと、管理人室にどこかはっきりしない場所から電話がかかってきていると、暴力的なような肥り方の混血の娘がつたえに来た。要領を得ぬ問答のあと、走り降りてみると、すでに永く待たされていた模様の、東京の妻が、およそ鬱屈している頼りない声音で、それも娘の頃の彼女を思わせる関西弁で、障害のある息子が発作をおこして眼が見えなくなったというのだ。息子が思春期に達したための内的要因と、外的要因としては父親がずっと不在であるためのストレスがあるのらしい。可能なことならばできるだけ早く帰国してもらいたい。僕は永く鯨の生態に関心をよせてきたが、太平洋に沈めてある国際電話のケーブルには、ところどころ大きなタルミがあって、そこに幾頭ものシロナガスクジラがからまって溺死しているという。僕はこの隠々滅々たる国際電話の間、非科学的な話ではあるが、その溺死しようとする鯨の、ボォーン、ボォーン、ウィップ、ウィップという啼き声が、たるんだ電話線にじかにつたわって響いてくるようにも感じていた……(大江健三郎 『「雨の木」の首吊り男』)

大江健三郎の小説に出てくる動物たちの死に様、というテーマでちょっとした評論が書ける気がする。登場人物が、動物たちの愛らしさに胸を打たれるなんてことはまず起こりそうにない。もうすでに少なからぬ人々が書いている気もするけど…あったら読みたいので教えて下さい。気の滅入るような動物たちの死に様だけをその膨大な著作からコレクトした抜粋集もあったら面白そう。