20日



  僕らは楽器店から角を曲がったところにある、デビーの知っているジュース・バーに行った。僕はココ=ナーナを、彼女はマンゴとパパイヤとパッション・フルーツの入った何とかいう名前の飲み物を注文した。
  「で、あなたがサックスやってるってこと、どうやって私がわかったと思ったわけ? 親指のタコでわかったとでも?」そういって彼女は笑った。
  僕らはいつもホーンを持っているせいでできた親指のタコを較べあった。面白い女の子だった。こんなに話しやすい女の子ははじめてだった。僕らは音楽のことやサキソフォンのリードのことや学校のことを話しあった。一つだけ具合が悪かったのは、僕が彼女に嘘ばかりついていることだった。シセロの町のバンドに入っていてね、マフィアが経営しているクラブで演奏してるんだ、と僕は彼女に言った。シセロって一ぺんも行ったことないけど、なんかもう最悪なとこみたいね、と彼女は言った。「もう最悪なとこ」というのは彼女が好んで使うフレーズの一つだった。彼女はノース・サイドに住んでいて、遊びにいらっしゃいと誘ってくれた。そして紙ナプキンに住所を書き、道順わかるかしらと訊いた。僕は「もちろんさ、よく知ってるあたりだよ」と答えた。
  自由の地、北へ――デビーに言ったホラを一つひとつ思い出しながら彼女の家にはじめて行く途中、僕は心のなかで何度もそう言った。そこへ行くには乗り換えが二度あって、一時間以上かかった。結局僕は道に迷って、西も東もわからなくなってしまった。僕はそれまで、番号の地名になじんでいた。自分がいまいる場所がどこで、次に何が出てくるか、確実にわかる地名に慣れていたのだ。「緯度と経度みたいにね」と僕はデビーに言った。
  ノース・サイドの通りにはそれぞれちゃんと名前が付いているから、ノース・サイドのほうが品位があるわ、と彼女は主張した。
  「数字には個性というものがないのよ、デイヴィッド。22番なんて名前の通りに、いったいどんな感情を抱けるわけ?」
  科学博物館に一度行ったのを別にすれば、彼女はサウス・サイドに行ったことがなかった。彼女の家からの帰り道、ダグラス・パーク方面のB列車に乗りながら、僕は彼女が隣に座っているつもりになってみた。自分が降りる駅に近づくと、タール紙を貼った屋根、家の裏手のポーチ、路地、工場と工場のあいだにはさまった裏庭を見下ろして、はじめて見る人の目にこの風景はどんなふうに映るんだろうと考えた。
  (スチュアート・ダイベック「荒廃地域」『シカゴ育ち』所収、柴田元幸訳)
 **********
 この「もう最悪なとこみたいね」が好き。育ちのいい女の子が治安の悪そうな場所を恐れるときの「最悪」は、ただの表面的な軽口でもなくて、実際身の危険の感覚から発してる。
 昨日『美しいアナベル・リイ』(新潮文庫版)を読んでひとり感銘を受けてたら、晩の夢に大江健三郎が出てきて、「作家になるとこんないいことがあるよ」みたいなことを俺にいろいろ教えてくれた。
 池袋のジュンク堂の鉢植えは古くなった野菜みたいにくたびれている。