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 ミシシッピーワニは、卵が高温で育つとオスになり、低温で育つとメスになる。多くのカメはその逆で、高温で育つとメスになり、低温で育つとオスになる。性を決める物質の活性が温度によって変化するためだと思われる。このように、温度で性が決まるといっても、性決定に一定の決まりがあるわけではなく、とてもいい加減だ。スッポンはカメの仲間だが、ミシシッピーワニと同じやり方で性を決める。
 性の決定そのものが系統とは無関係に適当に決まり、拘束性がないために、いろいろなパターンがあるのだろう。系統に拘束されて性決定の方法が決まり、それが現在まで続いていれば、それは途中でポコポコと変わらないはずである。有性生殖と無性生殖の切り替えも簡単に起こる。オスとメスの決定の方法も進化の途中で変わることがあるに違いない。人間に連なる系統も魚類、両生類、爬虫類、哺乳類と進化する途中で性決定の方法を変更したに違いない。性の決定の方法は、普通われわれが思っているほど厳密ではなく、いい加減なものなのだ。
 ボネリムシという扁形動物(サナダムシの仲間)がいる。生まれたばかりのボネリムシはオスでもメスでもない。メスは大きく、海の底で着生生活しており、植物のように動かない。オスは小さく、メスに寄生して生きている。
 性決定のメカニズムは少し変わっている。卵から幼生が孵る。だいたいの海棲動物の幼生は動けるが、ボネリムシの幼生も泳ぐことができ、海底の岩の上に落ち着けば、その幼生は自力で生活をはじめてメスになる。ところが、幼生がたまたまメスの上に落ちると、幼生はオスになるのだ。メスのボネリムシは、自分にくっついた相手がメスにならずにオスになるような物質を分泌しているのだと思われる。そしてつかまえた幼生をオスにしているのだろう。
 何匹ものオスがメスに付いているのを観察すると、オスはメスの寄生虫のようになっている。オスは精子を出してメスを受精させることだけが役割で、自分ではエサを採らず、栄養的にはメスに完全に依存していることが分かる。いわゆるヒモの生活だ。メスが死ぬと、オス自身も死んでしまい、自分だけでは生きていけない。メスがオスの生殺与奪を握っている。これも環境が性決定をする例である。
 不思議なことに、メスにくっついたボネリムシの幼生を、しばらく時間をおいてから無理やり剥がして観察してみると、オスとメスの中間のような間性のボネリムシができる。オスをつくる因子が途中でストップしたからだと思われる。(池田清彦『オスは生きてるムダなのか』角川選書